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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和61年(ワ)41号 判決 1989年11月28日

主文

一  被告は、原告須崎誠に対し金三〇万円、原告藤本康子に対し金一五万円、原告藤本明秀、同藤本欣也、同藤本真由美に対しいずれも各金五万円と、これらに対する昭和六一年一月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項につき、仮に執行することが出来る。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告らに対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を、表題の「謝罪文」とある部分並びに末尾の「株式会社毎日新聞」「代表取締役山内大介」とある部分及び「(亡)藤本宣弘殿」「須崎誠殿」とある部分はそれぞれ二倍活字とし、本文は一倍活字として、新聞「毎日新開」和歌山版及び和歌山紀南版並びに新聞「紀南新聞」各紙上に、いずれも縦一〇センチメートル、横一八センチメートルの大きさで、各一回掲載せよ。

2 被告は、原告須崎誠に対し金五〇〇万円、原告藤本康子に対し金二五〇万円、原告藤本明秀、同藤本欣也、藤本真由美に対しいずれも各金八三万三三三三円と、これらに対する昭和六一年一月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は原告らに対し、別紙(二)記載のとおりの謝罪広告を、表題の「おわび」とある部分及び末尾の「株式会社毎日新聞社」とある部分は二倍活字とし、本文は一倍活字として、新聞「毎日新聞」和歌山版及び和歌山紀南版並びに新聞「紀南新聞」各紙上に、いずれも縦一〇センチメートル、横一八センチメートルの大きさで、各一回掲載せよ。

2 第2、第3項は主位的請求の趣旨と同じ

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告株式会社毎日新聞社は「毎日新聞」との名称の新聞を毎日発行する会社である。

2  被告は、昭和六一年一月三〇日付同新聞朝刊和歌山版及び和歌山紀南版に「新宮川砂利汚職、宮本、新たに一五〇万円のわいろ」との五段抜きの見出しのもとに、別紙(二)記載のとおりの内容の誤報記事(以下、「本件記事」という。)を掲載し、和歌山県下全域に頒布した。

3  亡藤本宣弘(以下、「亡藤本」という。)は当時紀南砂利生産協同組合の代表理事、原告須崎は当時同組合の専務理事であって、当時、県河川課主幹の一人に対し「飲食のもてなしをした」贈賄被疑事件について身柄拘束を受け和歌山県警の取調べを受けていたのは事実であるが、現金を賄賂として手渡していたような事実もなければ、捜査担当官に対し、現金を賄賂として手渡した旨の供述をしたことも皆無であった。

4  ところが、本件記事は、真実に反して、読者に「捜査によって、亡藤本及び原告須崎の両名(以下「原告ら」という。)が現金一五〇万円を賄賂として手渡した新たな贈賄事実が発覚し、かつ、原告らがその旨捜査担当官に供述している」との誤解を与える虚偽報道である。

5  被告は本件記事の掲載頒布行為によって、故意又は過失により原告らの名誉・信用を毀損し、原告らに多大の精神的苦痛及び社会的評価に対する侵害を与えた。

6  謝罪広告の必要性

(一) 毎日新聞の和歌山県下の発行部数は八万七〇〇〇部と言われており、その影響力は絶大である。

毎日新聞の読者は、一般に同紙の記事をそのまま内容が真実であるものと受け止めているため、本件記事がいったん掲載されたことによって、原告らは、現金一五〇万円の贈賄というありもしない犯罪事実について、その犯人であり、かつ、その犯罪事実を県警本部及び新宮署で自白した者との烙印を押されてしまった。その重圧感ははかりしれない。

(二) 原告らは、昭和六一年九月八日、被告大阪支店及び和歌山支局にあてて本件事件について

(1) このような虚偽の名誉毀損記事が出るに到った事実経過の弁明

(2) 原告らのための名誉回復措置

を強く求めた内容証明郵便を発し、同書面は同日大阪支店に、翌九日和歌山支局にそれぞれ到達した。

これに対し、被告側はのらりくらりとあやふやな返答を繰り返すばかりで結論に達せず、すみやかに被告側が書面で回答するという約束で別れたが、何の連絡もないまま月日が経過したため、やむなく同年一一月二一日本訴を提起するに到ったものである。

(三) 被告の本件記事の後始末にむけての姿勢は、残念ながら極めて消極的であり、証拠上明らかな、虚偽報道であるとの事実を直視しようとする態度ではなく、責任回避のために逃げ回り、質問に答えず、要求にも返答しないといったもので、原告らにとってやり切れない思いがした。

本件記事は、原告らにとって、事実に反し、憤懣やりかたないものである。友人知人までが毎日新聞の本件記事を信用し、原告らが現金一五〇万円の賄賂を手渡したものといまだに思い込んでいて、いくら否定しても信じてくれない。

このような濡れ衣を着せられた状態から原告らを解放するには、その原因である本件記事を、被告自らが誤報であったことを理由として取消または撤回し、その取消あるいは撤回の事実を広く知らしめることが必要である。

(四) なお、原告らが昭和六一年一月二四日逮捕され、同月二六日拘留されて酒食のもてなしをしたという贈賄被疑事件の取調べを受けていたのは事実であり、右被疑事件を含む宿泊飲食等の供応四件について同年二月一四日公訴の提起があって、昭和六二年五月原告らに対しそれぞれ懲役六月執行猶予二年の判決がなされ、いずれも確定している。

しかし、本件記事は、原告らに対する右判決の被疑事実とは別に、「捜査によって原告らが現金一五〇万円を賄賂として手渡した新たな贈賄事実が発覚し、かつ、原告らがその旨捜査担当者に供述している」との誤解を与えた虚偽報道であって、逮捕拘留の基礎たる被疑事実についての報道が多少誇張されたにすぎないとか、部分的に事実と相違はあるが基本的には大筋で事実と合致しているとかのケースとは違うことは言うまでもない。

7  損害

原告らは、本件記事によって、真実はそのようなことはないにもかかわらず、新たに現金一五〇万円の賄賂を手渡した贈賄事件の当事者だと広く誤解され、原告らの名誉・信用が更に一段と傷つけられた。

原告らは被告に対し、名誉回復のための措置などを要求し話合いをしたが、その措置はなにひとつとられなかった。

本件記事により原告らの蒙った精神的被害は甚大であるが、原告らそれぞれについて各金四五〇万円と評価するのが相当である。

8  弁護士費用

原告らは、本訴を提起することを原告ら本件訴訟代理人両名に委任し、その際、原告らはそれぞれ着手金二〇万円を支払い、勝訴の場合には報酬としてそれぞれ金三〇万円を支払う旨約束した。

9  亡藤本は平成元年四月二七日死亡し、同人の権利義務は、妻原告藤本康子、長男同明秀、二男同欣也、長女同真由美が相続した。

相続分は、原告康子が二分の一、その余の三人が各六分の一である。

10  よって、原告須崎、同藤本康子、同藤本明秀、同藤本欣也及び同藤本真由美は被告に対し、名誉回復の措置たる謝罪広告と、慰謝料及び弁護士費用の合計として原告須崎に対し各金五〇〇万円、同藤本康子に対し金二五〇万円、その余の原告らに対し各金八三万三三三三円とこれらに対する不法行為の日である昭和六一年一月三〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項の事実は認める。

2  同第2項は、誤報記事なることを否認し、記事掲載を認める。

3  同第3項は、原告らの職業、被疑事件による取調べについては認め、その余は争う。

4  同第4項は否認する。

5  同第5項は争う。

(一) 一般に、民法上、名誉毀損とは人の品性、徳行、信用等についての社会的評価を下落させることをいうのであって、単にその者の主観的名誉感情を害しただけでは足りないものと解されている。

(二) かかるところ、原告らは、紀南砂利生産組合の理事長あるいは専務理事の職にありながら、当時県土木部河川課河川主幹の職にあった訴外宮本正憲(以下「宮本」という。)に対する贈賄罪行為に及んでいた。

そして、原告らは同年二月一四日和歌山地裁に贈賄罪で宮本(収賄罪)と共に起訴され、同年五月八日、懲役六月執行猶予二年の有罪判決を受け、同判決は確定した。

(三) 他方、同年一月二四日、県警及び新宮署が原告ら及び宮本の贈収賄容疑による逮捕を発表したことから、各種報道機関によって少なくとも和歌山県下全域にかかる事実の報道が開始され、また、県庁及び本宮町においてもかかる事態への対応を迫られることとなり、原告らの前記犯罪は和歌山県下においては公知のものとなった。

(四) 以上の経過によれば、本件記事掲載当時において、原告らの名誉、すなわち社会的評価は、既に相当の程度において客観的に低いものであったといわざるを得ない。

しかも、本件記事掲載後においても、原告らは勾留のうえ長期に及ぶ取調べを受け、同年二月一四日贈賄罪で起訴され、同年五月八日には有罪判決を受けており、また、この間においても各種報道機関によりそれらの事実経過の報道が継続かつ繰り返しなされたのであって、結局、原告らの名誉(社会的評価)は、本件記事によるまでもなく、また、本件記事とは関係なく、その後もそれまでにも増して大きく低下していったのである。

(五) 本件訴訟は、本件記事により原告らの名誉が毀損されたと主張して謝罪広告及び一人金五〇〇万円もの金員の支払を要求するものであるが、はたして前記のような重大な犯罪(公務の公正な執行及びこれに対する県民、住民の信頼を損なった)を犯した犯罪者が、右犯罪に関する一連の報道の中で、これと密接に関連して行われた、県警の捜査の進行状況についての事実の報道により、そもそも如何なる意味及び程度においてその名誉が毀損されたのか重大な疑問がある。

原告らは、自己が犯した犯罪行為により自ら大きくその名誉を損ない、その社会的評価の低下を招いたことを棚に上げ、他人の揚足取りに終始しているが、他方、原告須崎は、前記犯罪事実の発覚及びその事実が原因で自己自身その役職の全てを、亡藤本においても前記組合の代表理事の職を辞めざるを得なかったことを認めており、結局のところ原告らの名誉が大きく低下したことの唯一の原因は、原告ら自身が犯した犯罪行為にあったことは明らかである。

しかも、本件記事は、その見出し、写真(宮本の顔写真)及び記事を一見かつ一読すれば明らかなように、要するにその主要な内容は宮本に関するもので、およそ直接に原告らについて言及することを目的とするものではない。

(六) これをまとめると、本件記事掲載当時における原告らの名誉(社会的評価)は、およそ原告らが犯した犯罪行為及びこれが公になったことが唯一の原因で低下したことが明らかであって、しかも、本件記事は宮本に関する県警の捜査の進行状況についての事実報道に過ぎず、その報道目的及び内容は当時の報道としては正当かつ相当のものであるから、そもそも被告の本件報道行為の実質的違法性の程度ないし違法性阻却事由の存否等を検討するまでもなく、原告らに対する名誉毀損(不法行為)は成立しないというべきである。

6  同第6、第7項の主張は争い、第8項は不知、第9項は認める。

三  抗弁

1  本件記事の公益性

本件記事は、和歌山県南部の一級河川である新宮川における県の砂利採取認可行政に絡む一連の贈収賄事件に関するものであり、収賄者は県土木部河川課主幹(課長級)である県公務員、贈賄者は紀南砂利生産組合の理事長あるいは専務理事の職にある原告らとするものである。

ところで、公務員の職務においては、その職務の公正に止まらず、その職務執行の公正に対する社会の信頼を確保することが強く要請され、とりわけ利権を生じやすい許認可行政においてはかかる要請の担保が絶対である。

従ってかかる公務員の許認可行政の執行において賄賂の授受がなされる等の事態が発生したときは、新聞としては、かかる事実を社会に広く報道することをもってその是正を求め、社会の警鐘とすることが新聞の職務でありかつ使命である。

右のとおり、本件記事は公務員の犯罪に関するものであって、公共の利害に関する事実に関わるものであり、専ら公益を図る目的に出たものであることは明白であって、単なる興味本位の人身攻撃ではない。

2  本件記事の真実性

(一) 報道、ことに日刊の新聞報道の最も重要な任務は、社会の日々の出来事を出来得る限り迅速に国民に報道することを本来的に要請されており、かかる報道を通じてこと世論を喚起し、犯罪を予防し、一般人個々の注意をも喚起しうるのであって、これこそが正に報道機関たる日刊新聞の使命かつ責務である。

従って、かかる新聞報道においては、その記事内容の真実性は当然要求されているとはいえ、右日刊新聞の報道が担う重要な責務及びかかる責務を果たす上で要求される迅速性の要請に鑑みれば、当該記事の内容の全てについても細大もらさず真実であることを要求するのは相当ではなく、その主要な部分について真実であることが要求されていると解するのが相当であり、その主要部分について真実であることが証明されれば真実性の証明は足りると解すべきである。

(二)一般読者の通常の読み方を前提として本件記事を通読すれば、本件記事の主要部分は、顔写真入りで掲載された公務員である宮本に対する捜査の進行状況、結果を報道することに主眼がおかれていて、これに関連して記述された原告らに関する部分は付随的関連事項にすぎない。

(三) 本件記事は、原告ら及び宮本の当該贈収賄事件にかんする被告会社、他の大新聞及び地元の地方新聞社の一連の記事の一つであって、かかる一連の記事の中において本件記事が一般読者に与える印象を検討すべきであるといえるところ、一般読者は当時の報道状況に対応して、既に原告らに対しては金銭授受の方法による贈賄の罪を犯した疑いがあるとの強い印象を抱いていたであろうことは明らかである。

そして、かかる意味において、本件記事を読んだ当時の一般読者が本件記事から受けた印象は、およそ本件記事掲載までに原告らに対して抱いていた印象と何ら異ならずこれまでの印象の域を越えるものではなかった。

(四) 以上のような見地から本件記事の真実性を検討するに、本件記事はその主要部分はもとよりその他の記載部分においても真実というに充分でありまた、本件記事の顔写真、見出し及び記事から一般読者が読み取ることのできる意味、内容及び受ける印象も相当程度のものであって、結局、本件記事はその主要な部分において真実の証明が存すると解すべきである。

3  真実と信ずるに足る相当の理由

仮に、真実でないとしても、次のような取材経過から、被告は本件記事を真実であると信じたものであり、真実と信ずるについて相当の理由があった。

(一) 本件贈収賄事件の舞台となった新宮川の砂利採取事業は、本宮町の河川整備事業に関するもので、右事業による砂利の売上高は二四億から三六億円にものぼるものと推定され、和歌山県下の河川の砂利採取の許認可が極めて厳しくなった当時の状況のもとでは、本件事業における砂利採取の許認可は、利権としての絡みが極めて強いものであった。

(二) 本件贈収賄事件は、まず一件の供応から捜査が始まったが、捜査にあたった県警捜査二課及び新宮署は、贈収賄事件の常として当初より金銭授受と他の贈収賄関係者の解明、逮捕に重点をおいて捜査を開始した。

そして、供応関係に関する捜査は逮捕後二、三日でその重要部分を完了し、以後の重点は金銭授受と他の贈収賄関係者の解明へと移行した。

(三) 被告は、右贈収賄事件の警察発表を受けると同時に、和歌山支局及び新宮通信部による全面取材体制を組み、捜査と並行して、県警、新宮署、県庁、本宮町及びそれらの幹部職員に対する取材を開始、継続してきた。

(四) 他方、被告の記者は昭和六二年一月二八日独自の取材活動により県庁幹部から、「本件贈収賄事件の端緒は、亡藤本の愛人が万引事件で逮捕されその取調べの際に『私より悪い奴がいる』と供応、金銭授受に関する事実を供述したことによる」旨の情報を得た。

そこで、被告の編集者は、同日直ちに、右情報の事実の確認と更に右情報をもとに贈収賄事件に関する新たな事実を取材すべく県警、県庁幹部らに対する取材活動を指示した。

その結果、県警幹部を取材した記者は、右情報が事実である旨の確認を得たほか新たに次の各事実を取材した。

(1) 万引事件は、昭和六〇年に新宮署、和歌山地検新宮支部で処理された事件であって、被疑者は当時二〇歳代の亡藤本の愛人であったこと及び地検支部の取調べにおいて、右愛人が贈収賄事件に関し、供応、金銭授受がなされたこと及び自己が供応の場に同席したこと等を供述していること(右愛人の氏名は捜査上の理由により明らかにされなかった)

(2) 供応に関しては、収賄者である宮本の妻子が那智勝浦町のホテルでの供応の場に数回にわたり同席しており、供応の趣旨であることを知りながらであったことが、これまでの捜査で明らかになっていること

(3) 金銭授受に関する捜査状況については、既に贈賄側から「供応の際に数回にわたり金銭を手渡し、その合計額がおよそ一五〇万円位になる」旨の供述をえていること

収賄側はこの点を否認しており、供応については認めても金銭授受については否認する方針を取っているらしいこと

(4) その他の捜査の進行状況について

(五) 右取材の報告を受けた編集者は、その重要さに鑑み、その裏付取材を十分するよう指示し、その指示を受けた被告の記者らは

(1) 贈収賄事件の捜査を担当する県警及び新宮署の幹部に対して前記(四)(1)ないし(4)の事実の確認のため裏付取材を実施し

(2) 万引事件の捜査をした地検新宮支部及び新宮署の幹部はもとより地検本庁の幹部に対しても前記(四)(1)の事実の確認をし、更に愛人の名前、愛人と亡藤本の関係等についても新たな取材をし

(3) 前記(四)(1)に関する情報を得た県庁幹部を再度取材し、右情報の内容及びその出所について裏付取材を行った。

(六) これら裏付取材の結果、被告編集者及び記者らは、前記(四)(1)ないし(4)の事実に間違いはない旨の確認を得、前記各事実を事実と確信するに至った。

四  抗弁に対する認否

否認する。

1  本件記事が真実でないことは明白である。

「新宮川砂利汚職 宮本、新たに一五〇万円のわいろ」の見出しに該当する本文記事は、要するに<1>県警捜査二課と新宮署は、収賄容疑で逮捕中の宮本が、右逮捕にかかる事件の贈賄容疑で逮捕中の原告らの供述から、逮捕の被疑事実とは別に、新たに一五〇万円の賄賂を受け取っていた事実をつきとめた、<2>調べに対し原告らが、宮本に数回にわたって現金一五〇万円を手渡した、と供述している、というものである。

しかし、原告らは宮本に対し現金を手渡した事実はないし、本件記事の如き供述をしたことは全くないのであって、県警捜査二課と新宮署が原告らの供述から、宮本が原告らから新たに一五〇万円の賄賂を受け取っていた事実をつきとめたなどということはあり得ぬことである。

県警本部及び新宮署は、弁護士法二三条の二第二項に基づく照会に対し、原告らが現金一五〇万円の賄賂を手渡したとの供述をした事実はなく、捜査関係者において、被告に対し、原告らが現金の賄賂を手渡したと供述している、との公表ないし告知をした事実はない、と明言している。

2  本件記事を真実と誤信するに足る相当な理由はない。

本件記事は、いわゆる夜討ち朝駆けと称する取材活動の結果、記者が、県警捜査二課の幹部で本件捜査指揮をとり、かつ捜査内容を一〇〇パーセント知り得る人物から知り得た情報を記事にしたものだから真実なのだというのが本件記事を書いた松倉展人記者(以下「松倉」という)の証言であった。

しかし、両証人の供述をたどってみても、通常の注意力の持ち主であれば、松倉のいう取材活動から本件記事を書くなどということは到底不可能であり、少なくとも半信半疑の限度にとどまる程度でしかなかったといえる。

本件記事は、他社を出し抜いたスクープ扱いだというのであるが、実際は他社は県警幹部などに問い合わせて本件記事が虚偽報道であることをすぐに知り得て記事にしなかっただけのことであり、長谷川が直接に県警本部や新宮署に問い合わせるなどをしていれば、即座に本件記事に書かれた事実はないことが判明していた筈である。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

2 請求の原因2の事実につき、被告が本件記事を昭和六一年一月三〇日付同新聞朝刊和歌山版及び和歌山紀南版に掲載し、和歌山県下全域に頒布したことは当事者間に争いがない。

3 請求の原因3の事実につき、亡藤本は当時紀南砂利生産協同組合の代表理事、原告須崎は当時同組合の専務理事であって、当時、県河川課主幹の宮本に対し「酒食のもてなしをした」贈賄被疑事件について身柄拘束を受け和歌山県警の取調べを受けていたことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、

(一)  原告らは、紀南砂利生産組合の理事長あるいは専務理事の職にあったものであるが、昭和五八、九年頃から、和歌山県東牟婁郡の新宮川における砂利採取事業に関する同県の許認可等につき便宜有利な取り計らいを受ける目的で、当時県土木部河川課河川主幹の職にあった宮本に酒食のもてなし等による贈賄行為を繰り返し、その結果、宮本から、同組合が県知事から受けた新宮川の熊野川町付近における土木等採取許可、砂利採取計画認可並びに本宮町が採取した土石、砂利を同組合に販売委託する旨の県知事あて土石等採取許可及び砂利採取計画認可の各申請につき便宜有利な取り計らいを受けるなどしていた。

(二)  右原告ら及び宮本の贈収賄行為について、和歌山県警及び新宮署による内偵捜査の結果、警察は昭和六一年一月二一日から右三名に対する任意同行による取調べに踏み切り、連日の任意取調べの後同月二四日午後、贈賄容疑で原告らを、収賄容疑で宮本を逮捕すると供に家宅捜索に着手するところとなった。

(三)  三名は同月二六日より勾留され、原告らは同年二月一四日和歌山地裁に贈賄罪で宮本(収賄罪)と共に起訴され、同年五月八日、懲役六月執行猶予二年の有罪判決を受け、同判決は確定した。

(四)  保釈後判決前に、原告須崎は紀州工社の代表取締役、紀南砂利生産組合の専務理事及び社団法人和歌山県測量設計業協会副会長の職を辞任し、亡藤本も前記組合の理事長の職を辞任した。

(五)  他方、同年一月二四日、県警及び新宮署が原告ら及び宮本の贈収賄容疑による逮捕を発表してから、被告においては同月二五日付、二六日付、二七日付、三〇日付、翌二月二日付、一四日付で、また他の新聞も相当回数繰り返し報道するところとなった。

また、県庁及び本宮町においても、前記不祥事の発覚に直面して、許認可業務の再点検、砂利採取事業の見直しの要否について等様々の問題への対応を迫られていた。

ことが認められる。

これらの贈賄容疑にもとづく逮捕・勾留、警察による逮捕・容疑事実に関する公式発表、各種報道機関による頻繁な報道、原告らの犯罪行為が県庁、本宮町の行政及び県民、住民に与えた大きな衝撃と悪影響、等を併せ考えると、原告らの名誉及び社会的信用は本件記事掲載を待つまでもなく既に相当の程度低下していたといえるが、しかし、現金を賄賂として贈ったとの本件記事により、それが新たな犯罪容疑にかかわるものであるから、更に、より一層原告らの名誉、信用が害されたことも明らかである。

なお、被告は、本件記事は宮本に関する県警の捜査の進行状況についての事実報道に過ぎず、その報道目的及び内容は当時の報道としては正当かつ相当のものであるから、そもそも被告の本件報道行為の実質的違法性の程度ないし違法性阻却事由の存否等を検討するまでもなく、原告らに対する名誉毀損(不法行為)は成立しない旨主張するが、民事責任を考える場合、違法性阻却事由の要件を判断するについては、報道事業の公共性や報道された者の公人性が直ちに個々の報道記事を正当化すると解するのは相当ではなく、報道内容の重要性及び民事責任を課せられる危険による報道側の萎縮等と、報道される側の公人性の程度、報道された内容の右の者に与えた影響及び被害回復の可能性等を比較考慮して考えるべきであるといえる。

よって、具体的検討に入るまでもなく名誉毀損は成立しないとの被告の主張は失当である。

二  次に抗弁について判断する。

新聞記事が人の名誉を毀損する場合であっても、右記事が公共の利害に関する事実にかかわり、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは右行為には違法性がなく不法行為が成立せず、また右事実が真実であることを証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由のあるときは、右行為には故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解される(最判昭和四一・六・二三、第一小法廷、民集二〇・五・一一一八)。

1  本件記事の公共性及び公益性について

前掲各証拠によれば、本件記事は、公務員の許認可行政における贈収賄事件であって、公共の利害に関する事実に関するもであることは明らかであるし、しかも、被告がこれを掲載したのは報道機関の責任としてなしたものであるから、専ら公益を図る目的でなされたものというべきである。

2  本件記事の真実性について

前掲各証拠によれは、本件記事は、宮本についての記事がその中核をなすものであることが認められるが、「宮本、新たに一五〇万円のわいろ」との見出し及び本文記事の「贈賄容疑で逮捕された原告らは、調べに対し、数回にわたり現金計一五〇万円を手渡した、と供述している」との記載からみて、同時に宮本が現金の賄賂を受け取っていたことが原告らの供述から明らかになったとの部分も、本件記事の主要部分であると認められる。

証人松倉及び同長谷川は、いわゆる夜討ち朝駆けと称する県警幹部宅での取材によって「原告らが現金授受の自供をした。」との事実を聞き、右県警幹部の話は他の県警幹部二人への確認により裏付けられた、この話をしてくれた幹部は県警捜査二課の幹部で本件捜査の指揮をとり、捜査内容を一〇〇パーセント知っている人物である旨証言する。

しかし、それ以上に本件記事が真実であることを裏付ける資料はなく、問題の右幹部の氏名は明らかにされず、その信憑性を当裁判手続きで吟味することが出来ないし、他方、証人松倉は、本件贈収賄事件の担当検察官らのみならず和歌山地検の検事正及び次席検事から「原告らが現金授受について自供した」との本件記事の根拠は何か、と質問を受けた、とも証言しているのであって、このことは検察庁としては本件記事の内容やその資料に疑問を抱いているとも受け取れる。

また、原告須崎は、原告らが現金授受につき供述したことなど全くないし、従って本件記事は全面的に事実に反すると強調し、本件記事の出た当日、留置場に本件記事の載った新聞を持ってきた弁護人から説明を受け、直接原告須崎を取り調べていた警察官二名に本件記事のことを尋ねたところ、同人らは「おかしい、おかしい」「広報がなにかつかんでるんやろか」と言っていた旨供述している。

更に、<証拠>によれば、本件記事のコピーを添付したうえ、本件記事に関する弁護士法二三条の二第一項による以下の照会、すなわち

(一)  受任事件名欄に「依頼者藤本宣弘、須崎誠、相手方株式会社毎日新聞社外、依頼者らの名誉・信用を毀損した別添の虚偽報道記事につき、刑事告訴並びに民事訴訟を準備中」と記載

(二)  申出の理由欄に「右刑事告訴並びに民事訴訟につき、依頼者本人らには虚偽報道であることは明白なるも、事案の性質上、虚偽でも相手方において真実と信じていたのか、真実と信じたことに客観的相当性があるかが要点の一つであるので、捜査機関・関係者による公表・告知の有無を当該機関に直接確認する必要あるため」と記載

(三)  照会事項は

(1) 被疑者藤本宣弘、同須崎誠が、右報道記事の如く、同年一月二九日までに、被疑者宮本正憲に対し、数回にわたり現金一五〇万円のわいろを手渡した、との供述をなした事実があるか否か。

(2) 貴庁捜査関係者において、毎日新聞社・同社記者に対し、右報道記事の如く、被疑者藤本宣弘、同須崎誠が、被疑者宮本正憲に対し、数回にわたり現金一五〇万円のわいろを手渡したと供述している、との公表ないし告知をなした事実があるか否か。

(3) 被疑者藤本宣弘、同須崎誠が、取調べ期間を通して、(起訴された酒食のもてなしの外に)被疑者宮本正憲に対し、現金をわいろとして手渡した、との供述をなした事実があるか否か。

の三点を記載

に対し、県警本部及び新宮署とも「照会事項(1)(2)(3)についていずれもそのような事実はない。」と回答していることが認められる。

なお、本件全証拠によるも、本件訴訟提起の前後を問わず、被告が原告らを取り調べた警察の捜査官あるいは検察官に本件記事の真否を確認したと認めるに足る証拠はない。

以上によれば、「現金を手渡したと原告らが取調べの際供述した」との本件記事の主要部分について真実であることの証明はないといわざるを得ない。

2  記事を真実と信ずるについての相当の理由

証人長谷川及び同松倉の証言によれば、同人らが本件記事を掲載、頒布するにあたり、原告らが本件記事のような供述をしたと信じていたことが認められる。

そこで、被告が本件記事を真実と信ずるについて相当の理由があるか否かを検討する。

証人長谷川及び同松倉の証言によると、一人の県警幹部から、原告らが現金授受について自供したとの話を取材した松倉が、その話の裏付取材を行った際の別の県警幹部二人の対応は、「金銭授受について原告らが供述したか」との質問に対し、その一人は「一切言えない。」との返事であり、もう一人は「言えない。」との返事であったことが認められるところ、同証人らは、言葉の表現としては「言えない。」であってもそのときの態度、顔色などから質問を肯定したと受け取って記事にした旨証言する。

しかし、松倉は右三人の氏名を明らかにしていないため、そもそも松倉の取材の有無そのものから、取材内容の具体的内容及び正確性、相手の意図などはなんら検証できず、他に右取材内容等を裏付けるに足る客観的証拠もない。取材源秘匿の必要性があるとしても、そのために松倉証人の証言内容の証明力が弱められ、立証上不利益をこうむることがあっても、やむを得ないことである。

他方、証人長谷川及び同松倉の証言によると、同人らは当初より本件贈収賄事件が酒食の供与に止まらず必ず金銭授受にまでいくとの強い思い込みを前提として持っていたことから、たまたま独自に取材した亡藤本の愛人の存在を突破口に聞き出した「現金授受について自供」との情報に対し、必要な吟味をすることなく受入れ、当時勾留されていた原告らはさておき、しようと思えばできた弁護人あるいは検察庁への確認を怠り、前記「言えない」との返事でことたれりとしたことが認められるが、報道の与える社会的影響やその重大な公共的責任を考えると、報道内容の真実性の担保もしくは相当性についていえば、報道内容を確認あるいは十分推定できる程度の確実な資料が必要であって、裁判によって反対尋問の機会が与えられず、報道された側にとって信憑性の吟味が出来ない匿名者の供述やいわゆるオフレコの情報を根拠とするのみでは不十分であって、更に真実と信ずるに足る合理的な裏付け資料を収集すべき義務があるといえる。そうすると、本件記事を真実と信ずるについての根拠としては本件のような程度では質、量ともに不十分であったといわざるを得ず、いまだ被告に真実と信ずるだけの相当な理由があるとは到底認められない。

よって、被告は原告らに対し、名誉毀損の民事上の不法行為責任を負うものである。

三  慰謝料額について

前認定のとおり、本件は、無実の人間が誤って犯人と報道されたような事例とは異なり、原告らは贈賄事件で執行猶予付懲役刑の有罪判決を受けた刑事被告人であるところ、本件記事は、右贈賄事件に関し、酒食の供応にとどまらず現金の授受もなされた(と原告らが自供した)との記事であって、いわば原告らの犯罪事実の一部分追加にすぎないともいえ、贈収賄事件ついてなされていた前認定の各種報道機関による一連の報道の経過のもとでは、贈賄者としての原告らの名誉は既に相当低下していたことは疑いのないところであって、「現金授受につき供述した」との本件記事により原告らの名誉が低下したとしても、その程度は本件記事が掲載、頒布される以前に比べ五十歩百歩の違いしかないともいえる。

しかしながら、前掲各証拠によれば、供述していないことを供述したと報道された原告らが精神的に相当の苦痛を蒙ったこと、本訴提起前の原告らとの交渉における被告の態度は遺憾ながら誠意に欠ける面も見受けられること、被告は続報等による訂正記事をすることもなかったこと、被告の発行する「毎日新聞」は日本有数の大新聞で、その新聞記事は社会的に多大な影響を及ぼすこと等の諸般の事情を併せ考えると、原告らが本件記事の掲載によって受けた精神的被害を慰謝するには、被告は原告ら一人につき金二五万円を支払うのが相当である。

四  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、被告に負担を命ずべき弁護士費用としては一人につき金五万円が相当である。

五  相続

亡藤本が平成元年四月二七日死亡し、同人の権利義務は、原告妻藤本康子、長男同明秀、二男同欣也、長女同真由美が相続したこと及び相続分は、原告康子が二分の一、その余の三人が各六分の一であることは、当事者間に争いがない。

六  謝罪広告について

原告らは慰謝料の請求に併せて謝罪広告の掲載を求めているが、前記認定の事情に照らせば、原告らに対する名誉回復の措置としては前記慰謝料の支払いをもって足り、それに加えてなお謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要は認められない。

七  以上によれば、本訴請求は、原告須崎誠に対し金三〇万円、原告藤本康子に対し金一五万円、原告藤本明秀、同藤本欣也、同藤本真由美に対しいずれも各金五万円と、これらに対する不法行為の日である昭和六一年一月三〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川行男)

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